2月22日(水)

新しいノートパソコンを買った。

前の日曜日の晩に配達されてきて、今日、ようやく梱包を解いた。

2月22日で、”ふふふ”と読めるから、縁起のいい日だと思って・・・。

買ったのは、DELLのノートPCで、Win10のマシンである。

最低限の設定だけを済ませ、ネットにつながる段階までは確認した。

自分に使いやすいようにいろんなソフトを入れたり、細かい設定については、これからやっていく。

Win10の使い方も、これから勉強していかなければならないし(汗)。

もしかしたら、私の人生でこれが最後のノートPCかもしれない。

最初にパソコンを買ったのは、20年以上も前のDOSマシンであった。

当時は、パソコンを個人で買うなんて、ちょっとしたマニア視されていたと思う。

その頃の私は、NIFTYでのパソコン通信で未知の世界を垣間見て、少なからぬカルチャーショックを受けたことを、いまだに鮮やかに覚えている。

その時代は、電話回線でつながっていたので、当然ながら、電話料金も発生していた。

ひどい月は、電話代だけで10,000円を超えてしまったときもあった。

妻から怒られたものだ。

往時は、将来は光回線が走るなんて想像もしていなかったが、それがいまや現実のものとなっているのである。

あと20年後、通信手法がどんなものになっているか、見当もつかない。

もしかしたら、スマートフォンでネットをするのが常識になっているかもしれない。

だとしたら、ノートパソコンに向かってキーを叩いている姿というのは、滑稽に見えてしまうのだろうか?

 
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20 : 39 : 46 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑

2月21日(火)

関西の某大学で、講師が差別発言をしたと問題になっている。

この女子学生がジョックを受けたことは事実のようだから、言った側としては責任を問われることは、避けられないだろう。

しかし、もし当事者の女子学生が「ユーモア」として受け止めていれば、事態は全く異なった展開を見せているはずだ。

少なくとも、3年も経ってから大きな問題になることはなかったと思う。

思い返せば、私の中学生時代までは、たとえば「クロンボ」という言葉は差別でもなんでもなかった。

平気で、学校の先生も私も、日常用語として使っていた。

逆に、夏に真っ黒に焼けている子供を健康的だとして賞賛する言葉でもあったのだ。

夏休みなど、どれだけ日焼けしたかを競う「クロンボ大会」は各所で頻繁に開かれていた。

「顔が真っ黒」と言われることは、男の子にとっては大きな勲章であったのである。

しかし、いつの頃からか、「クロンボ」は差別用語となってしまった。

著名な絵本である『ちびくろサンボ』までもが発禁処分になったが、どこをどう読めば黒人蔑視につながるのか、私には理解できない。

いま、売れっ子の漫才師には、自分の髪の毛の薄さをアピールして笑いをとっている人もいる。

全く逆に、現実社会には、髪の毛が薄いことを著しく気にしている人がいるのも事実である。

つまるところ、言われた側の受け止め方にかかっている問題だと思う。

今回の事件にしても、講師のユーモアセンスがなかったか、あるいは、発想が非科学的であったという点が批判されるのならまだしも、差別という視点で槍玉にあげられるのには、私は方向性が違っているように感じる。

 
20 : 27 : 41 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(10) | page top↑

2月20(月)

夕方に、大阪市内の関係先に出かけた。

2か月か3か月に1回の頻度で、コミュニケーションをとっている会社である。

そこへ行くときの悩ましい問題が、駐車場のことである。

高層ビルが林立する大阪市内に行くときは、どこに車をとめるかで頭を痛めることがあるのだ。

昨今、駐車場の数が減ってきている。

私の行った先の近辺も事情は同じだ。

とりわけ、今まで使っていたところが、2軒とも昨年の暮れに閉鎖になったのである。

これは困った。

確かに、経済活動が熱心に行われているスペースで、車をとめる場所を提供するという手法は、あまりにもったいないと思う。

そういういこともあって、たぶん、ほかの業種に転換するのだろう。

だから、駐車場の絶対数が足りないのだ。

昼間など、どこに車をとめればいいのか、場所探しで時間をとられる、という話も少なくない。

もし、私ひとりの訪問ならば、迷わずに電車で行くが、計5人の人間と一緒なので、選択肢は車しかない。

そんな心配をしながら現地に向かったが、実際に行ってみると、結構、空いているスペースがある。

確かに、昼間の時間であれば駐車スペースの確保は難しいかもしれないが、夕方の5時ともなると、帰っていく車も少なくない。

鵜の目鷹の目で探すまでもなかった。

なお、全く無関係の話だが、関西では、駐車場のことを”モータープール”という。

もちろん、車が泳いでいるわけではなく、「蓄える」「貯める」という意味を持っているのだと思う。
 
夏ともなれば、車も泳ぎたいのが本心だろうが・・。

 
20 : 59 : 22 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑

2月19日(日)

今日は、昼飲みをした。

息子が小学校時代に入っていた野球部の総会があり、その懇親会でのことである。

「まだ明るいうちからお酒を飲むのか!」と、露骨にいやがる人もいるようだが、私は、実は、昼飲みがお気に入りだ。

外が明るい状況で飲むことで、より一層の解放感が得られるからである。

ちょうど、お正月やバーベキューと同じ場面である。

とはいえ、会社勤めをしていると、なかなか昼飲みのチャンスはない。

だから、公然と昼間からアルコールに親しめる機会というのは、ありがたい限りである。

実は、「昼飲み」という言葉に、私はあまりなじみがない。

去年の秋ごろに初めて目にした言葉である。

とにかく、私のマシンのIMEでは漢字変換してくれないほどだ。

かつては、「昼酒」という言葉が使われていたように思う。

どちらかというと、「昼酒」にはネガティブなニュアンスが込められていたのではないか。

それはまずいというので、「昼飲み」という言い回しに変わったのかもしれない。

そんなことを考えながら、存分に飲ませてもらった・・・・・となればハッピーエンドなのだが、夕方に別の用事があって、飲酒は控えめにしなければならなかった。

とはいえ、午後4時まで、気の置けない人たちと一緒に、とるに足らない会話を交わしながら、ほろ酔い気分に浸ることができた。

大げさな言い方になるが、人生の喜びを味わえたひとときであった。


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20 : 44 : 45 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑

2月18日(土)

門戸厄神(もんどやくじん)に参拝してきた。

厄払いとしては、関西ではかなり広く知られているお寺である。

妻が言い出したものであり、、娘が数え33歳の大厄にあたり、同時に、長男の嫁も同じシチュエーションなので、二人分の代参として祈祷を受けることになったのである。

もっとも、急な思いつきなので、娘は友人グループの食事会の予定が入っていたし、長男の嫁は関東に住んでいるので、来ることができない。

私が運転手として、娘の子供二人も一緒に連れていった。

世間一般では、男の大厄42歳、女の大厄33歳がよく言われている。

しかし、地域や人によっては、中厄や小厄もあって、さらに、それぞれに前と後にも厄年が用意されている。

ということは、人生のほとんどが何らかの厄年に当たっている計算になる。

何年か前に、ネットで、すべての厄年の一覧表を見たことがあるが、厄の全くない年は指を折って数えるほどしかなかった。

これほど厄が多いと、少なくとも私には説得力を持たない。

せいぜい、厄は5年に一度ぐらいの確率でないと、特別に危険な年だとは受け止められないのである。

リピーターをできるだけ増やすというのがビジネスの鉄則であるが、多くの神社仏閣も、その手法に乗っかっているような気がして、あまり好感を持てない。

しかも、「祈祷」の効果の検証のしようがないから、祈祷を受けた結果で事態が好転したかどうかもわからないのだ。

今日、祈祷に当たられた僧侶は真摯に仏法を語っておられたことには敬意を表するが、私の頭の中では、全く違った世界が展開していた。

あまりにも素直でない見方をしているのかもしれないが、私は「厄ばらい」には関心を持てない。


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